壁と緑との対話
町工場が建ちならぶ準工業地域内の新築保育所である。人々の生活と労働の香り豊かなまちなみは、人間のぬくもりを感じる味わい深い土地柄であるのだが、残念なことに緑が極めて少なく、とても乾いた印象だった。また、産業道路に近接しており、工場の煤煙に自動車の排ガスが加わって、外壁が汚れやすいことを園長は懸念されていた。そこで提案させていただいたのが光触媒サイディングだったのだが、実は、提案にはかなりの葛藤があった。
私は、塗装済みサイディングもまた乾いた印象の材料だと感じていて、工業製品であるが故に、自然に近づけようと造れば造るほど不自然で無味乾燥な肌になっていく。だから、乾いた印象のまちなみの中で、それを用いて外壁を構成することを躊躇していたのだ。せめて現場塗装で砂粒状の吹付けでもすれば、もう少し湿りを感じるファサードが実現できるのではないかと考えたりしたが、予算と防汚という観点から、それは難しかった。
同じころ、行政から貸し付けられた敷地が狭隘で、地上の園庭だけで基準を満足することが難しかったこともあり、屋上にも土を載せて複数の園庭をつくろうということになった。ならば、ついでに庇の上にも土を載せて緑化すれば、サイディングのファサードに潤いを与えることができるのではないかと考え、庇上にマホニアコンフーサを列植することを提案した。地上にも高低木や地被を植え、屋上園庭には、開園後、徐々に植物を植えていこうということになった。庇上のマホニアは、こどもたちと成長を競うように育っており、間もなくパラペットから顔を出しそうである。これまで無言だったサイディングのファサードが、植栽の力によって饒舌に語り始めるかもしれない。
どんどんよごす
園舎はよごしてなんぼだと思っている。柔らかい肌触りと断熱性、そして、こどもたちに本物にふれてもらうために、保育室の床に30mm厚の杉板を使った。ただこの材料を使うと、汚さないようにとの配慮からこどもの生活に制約をかけてしまい、保育が矮小化する懸念がある。園舎をきれいにお使いいただけるのはうれしいことだが本末転倒なので、どんどんよごせる部屋を設えた。清掃の容易な床シート貼りの「ランチルーム兼キッズアトリエ」では、食事やクッキング、製作遊びなど多様なメニューに対応できる。
また、大地のひろばと連続する半屋外の「おやねのひろば」は、床をタイル貼りにし、壁に光触媒による浄化作用のあるサイディングを用いて、絵の具や水などを多用する製作遊びを大胆に展開できるようにした。雨天時の遊び場や、雨具の着脱スペースとしても機能するピロティー空間だ。乳児の保育室では、食べ物が床に散乱しがちな手づかみ食べの時期に、食べる喜びを思いっきり感じられる保育ができるよう、食事コーナーを設けて乳児の食寝分離を行い、他の生活空間より清掃しやすい床材を選んだ。他には、玄関の正面に、「クックギャラリー」を設けて加熱調理の様子を見ることができるようにしたり、狭小敷地で屋外遊戯場が十分に確保できないため、2階と3階の屋上に土を載せた「おそらの園庭」を設け、土や草花や生き物と触れ合える場を補ったり、収納下を利用した「かくれがコーナー」を設け、時々の気持ちによって居場所を選べるようにする等の工夫を盛り込んだ。制約の少ない環境が、保育の幅を拡げ、その幅の広がりが、こどもたちの豊かな生活につながっていく。